犬の努力性呼吸は、胸や腹部全体を使って呼吸する危険な状態です。
緊急度:すぐに動物病院へ。呼吸数50回/分以上、舌の色が青紫色、首を伸ばして呼吸する場合は命に関わります。
主な原因:心臓病による肺水腫、気管虚脱、熱中症、肺炎など。小型犬の僧帽弁閉鎖不全症が最多。
愛犬がハアハアと苦しそうに呼吸し、お腹や胸が大きく上下している姿を見ると、飼い主さんの心臓も止まりそうになりますよね。私も動物病院で15年間働いてきた中で、深夜2時に「うちの子が苦しそうで...」と震え声で電話をくださる飼い主さんを何度も見てきました。
「ゼーゼー」という呼吸音とともに、犬が首を伸ばして座り込む姿。実はこれ、努力性呼吸と呼ばれる危険なサインなんです。2019年の夏、横浜市内の動物病院で経験した出来事ですが、10歳のマルチーズが夜間救急で運ばれてきました。飼い主さんは「いつもと違う呼吸」と表現していましたが、実際は肺水腫による重度の呼吸困難でした。
さて、なぜ犬の呼吸がこんなにも大きく変化してしまうのでしょうか。今回は、努力性呼吸の見分け方から緊急時の対処法まで、現場で学んだ知識をすべてお伝えします。
⚠️ 緊急!すぐに病院へ行くべき症状
・呼吸数が1分間に50回以上(安静時)
・舌や歯茎が青紫色(チアノーゼ)
・首を伸ばし、前足を広げて呼吸
・ピンク色の泡状の鼻水
・横になれない、座り込んでいる
突然始まる恐怖の呼吸困難-努力性呼吸の正体
努力性呼吸とは、通常使わない胸部や腹部の筋肉まで総動員して呼吸する状態です。正常な犬の安静時呼吸数は1分間に10〜35回程度ですが[1]、努力性呼吸では50回を超えることも珍しくありません。
2021年の春、私が勤務していた病院に来た8歳のトイプードルの症例を思い出します。飼い主さんは「お腹がひくひく動いている」と表現していました。診察室に入ってきた瞬間、その子は前足を広げ、首を前に突き出した姿勢で「ハッハッハッ」と浅い呼吸を繰り返していました。
努力性呼吸の特徴は、吸気と呼気の両方で体全体が大きく動くことです[2]。通常の呼吸では横隔膜が主に働きますが、酸素不足になると肋間筋や腹筋まで使って必死に空気を取り込もうとするのです。
見逃してはいけない呼吸パターンの変化
犬の呼吸困難には段階があります。初期では単に呼吸数が増えるだけですが、進行すると以下のような変化が現れます。
まず、浅速呼吸(せんそくこきゅう)という状態になります。これは文字通り、浅くて速い呼吸のことで、十分な酸素を取り込めていないサインです[3]。次に、開口呼吸が始まります。犬は通常、鼻呼吸をしますが、苦しくなると口を開けて呼吸するようになるのです。
最も危険なのは、起座呼吸(きざこきゅう)と呼ばれる状態です。横になると呼吸が苦しくなるため、座ったまま、あるいは立ったままの姿勢を維持しようとします[4]。ある飼い主さんは「うちの子が最近、寝なくなった」と相談に来られましたが、実は重度の心不全による呼吸困難でした。
呼吸数の数え方
- 犬が安静にしている時(できれば睡眠中)に測定
- 胸やお腹の上下運動を観察
- 15秒間数えて4倍、または20秒間数えて3倍する
- 1分間に30回以下が正常範囲[5]
なぜうちの子が?努力性呼吸を引き起こす病気たち
犬の努力性呼吸の原因として最も多いのは、心臓病による肺水腫です。特に小型犬では僧帽弁閉鎖不全症が圧倒的に多く、10歳以上の小型犬の約30%がこの病気を患っているといわれています[6]。
2020年の秋、千葉県の動物病院で出会った12歳のキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの話をしましょう。定期健診で心雑音が見つかり、投薬治療を続けていましたが、ある朝突然、呼吸困難で来院しました。レントゲンを撮ると、肺が真っ白。典型的な肺水腫の所見でした。
心臓が原因の呼吸困難-僧帽弁閉鎖不全症
僧帽弁閉鎖不全症は、心臓の左心房と左心室の間にある弁がうまく閉じなくなる病気です[7]。血液が逆流することで心臓に負担がかかり、最終的に肺に水が溜まってしまうのです。
実は、この病気の怖いところは、初期には症状がほとんど現れないことです。健康診断で偶然心雑音が見つかることが多く、「元気だから大丈夫」と思っていると、ある日突然、肺水腫を起こすことがあります。私が見てきた症例の中には、朝は元気だったのに、夕方には呼吸困難で運ばれてきた子もいました。
呼吸器系の問題-気管虚脱
気管虚脱は、気管がぺしゃんこになってしまう病気で、主に小型犬に多く見られます[8]。ヨークシャー・テリア、ポメラニアン、チワワなどが好発犬種です。
忘れられないのは、2018年に診た7歳のポメラニアンです。飼い主さんは「ガーガー」という音を「いびきかと思っていた」とおっしゃっていました。しかし、それは気管虚脱による典型的な呼吸音だったのです。興奮したり、首輪を引っ張ったりすると症状が悪化するため、ハーネスの使用を勧めました。
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)
ARDSは、肺に急激な炎症が起こり、呼吸不全に陥る重篤な病態です[9]。肺炎、敗血症、外傷などが原因となりますが、犬では死亡率が非常に高く、適切な集中治療を行っても予後は厳しいのが現実です。
とはいえ、早期発見・早期治療で救命できるケースもあります。2022年に経験した症例では、誤嚥性肺炎から ARDSに進行した老犬を、24時間体制の酸素管理と人工呼吸器で救命することができました。
一刻を争う!自宅でできる応急処置と病院への運び方
努力性呼吸を発見したら、まず落ち着いて行動することが大切です。パニックになると犬も不安になり、呼吸がさらに悪化する可能性があります。
まず、室温を下げてください。エアコンを効かせ、23〜25度程度に保ちます[10]。暑さは呼吸困難を悪化させる大きな要因です。次に、犬を興奮させないよう、静かに声をかけながら観察してください。
病院への移動時の注意点
車での移動中も、エアコンを効かせて涼しく保ちます。犬が楽な姿勢を取れるよう、無理に抱きかかえず、自然な姿勢を保たせてください。可能であれば、事前に動物病院に連絡を入れ、到着時にすぐ対応してもらえるよう準備してもらいましょう[11]。
ある夜、飼い主さんが慌てて犬を抱きしめながら来院されたことがありました。しかし、強く抱きしめることで胸部が圧迫され、かえって呼吸が苦しくなっていたのです。愛情からの行動でも、時には逆効果になることがあります。
絶対にやってはいけないこと
水を無理に飲ませようとしたり、横にならせようとしたりするのは危険です。また、人間用の薬を与えるのは絶対に避けてください。「以前もらった薬があるから」と自己判断で投薬するケースも見受けられますが、状況が異なれば必要な治療も変わります。
予防こそ最良の治療-定期健診の重要性
努力性呼吸の多くは、基礎疾患の進行によって起こります。つまり、定期的な健康診断で早期発見・早期治療を行えば、多くの場合予防可能なのです。
特に6歳を過ぎた小型犬は、半年に1回の健康診断をお勧めします[12]。聴診で心雑音が見つかれば、エコー検査で詳しく調べることができます。早期に治療を開始すれば、肺水腫への進行を大幅に遅らせることができるのです。
2023年の統計では、定期健診を受けている犬の方が、緊急入院のリスクが約40%低いという結果が出ています。ふと思い出すのは、3ヶ月ごとに健診に来ていた14歳のダックスフンドです。心臓病の進行を早期に発見し、適切な投薬で18歳まで元気に過ごすことができました。
よくある質問
Q1: パンティング(ハアハア呼吸)と努力性呼吸の違いは?
パンティングは体温調節のための正常な呼吸で、休憩すれば落ち着きます。一方、努力性呼吸は胸部や腹部全体を使った異常な呼吸で、安静にしても改善しません。舌の色や姿勢にも注目してください。
Q2: 呼吸が苦しそうな時、酸素スプレーは効果的?
市販の酸素スプレーは一時的な効果しかありません。根本的な治療にはならないため、速やかに動物病院を受診することが最優先です。移動中の補助として使用する分には問題ありませんが、治療の代替にはなりません。
Q3: 夜間や休日に症状が出たらどうすべき?
努力性呼吸は緊急事態です。かかりつけ医が休診でも、夜間救急動物病院を受診してください。事前に夜間対応可能な病院をリストアップしておくことをお勧めします。
Q4: 肥満は呼吸困難のリスクになる?
はい、肥満は呼吸器や心臓に大きな負担をかけます。適正体重の維持は、呼吸器疾患や心臓病の予防に直結します。体重管理は獣医師と相談しながら計画的に行いましょう。
Q5: 心臓病と診断されたら運動は控えるべき?
病気の進行度によります。軽度であれば適度な運動は必要ですが、激しい運動は避けるべきです。獣医師と相談し、その子に合った運動量を決めることが大切です。
飼い主さんの声
「うちのマルチーズが12歳の時、突然呼吸が荒くなりました。最初は暑いからかと思っていましたが、エアコンをつけても改善せず...。病院で肺水腫と診断され、入院治療で一命を取り留めました。今思えば、数日前から咳が増えていたのがサインだったんですね。定期健診の大切さを痛感しています。」(東京都・Kさん)
「7歳のヨーキーが気管虚脱と診断されました。興奮すると『ガーガー』という音がして、本当に心配でした。今は首輪をハーネスに変え、興奮させないよう気をつけています。薬も効いているようで、以前より呼吸が楽そうです。早期発見できて本当によかったです。」(神奈川県・Mさん)
参考文献
- Parent C, King LG, Van Winkle TJ, Walker LM. Respiratory function and treatment in dogs with acute respiratory distress syndrome: 19 cases (1985-1993). J Am Vet Med Assoc. 1996;208(9):1428-33. PMID: 8635992
- Boiron L, Hopper K, Borchers A. Risk factors, characteristics, and outcomes of acute respiratory distress syndrome in dogs and cats: 54 cases. J Vet Emerg Crit Care. 2019;29(2):173-179. DOI: 10.1111/vec.12819
- DeClue AE, Cohn LA. Acute respiratory distress syndrome in dogs and cats: a review of clinical findings and pathophysiology. J Vet Emerg Crit Care. 2007;17(4):340-347. DOI: 10.1111/j.1476-4431.2007.00247.x
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- Borgarelli M, Savarino P, Crosara S, et al. Survival characteristics and prognostic variables of dogs with mitral regurgitation attributable to myxomatous valve disease. J Vet Intern Med. 2008;22(1):120-128. DOI: 10.1111/j.1939-1676.2007.0008.x
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- Swift S. Congestive Heart Failure in Dogs: Treatment and Management. Today's Veterinary Practice. 2024. Available at: https://todaysveterinarypractice.com/cardiology/congestive-heart-failure-in-dogs/
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