犬が夜になると姿勢を低くして歩く主な原因:
1. 暗闇での不安や恐怖による防御姿勢
2. 腹痛や関節痛による「祈りのポーズ」
3. 高齢犬の認知症による夜間徘徊
4. 分離不安や環境変化によるストレス
夕食後、愛犬がいつものようにソファでくつろいでいたはずなのに、気がつくと背中を丸めてコソコソと歩いている。そんな光景に心配になったことはありませんか?実は私も動物病院で働いていた頃、「うちの子、夜だけ変な歩き方をするんです」という相談を何度も受けました。昼間は元気いっぱいなのに、暗くなると急にしゃがむような姿勢で移動する。この不思議な行動には、いくつもの理由が隠されているんです。
夜の暗闇が引き起こす不安という名の呪縛
犬の視力は人間が思っているほど良くありません。実は0.2〜0.3程度しかないんです[29]。でも、ちょっと待って。「じゃあ夜はもっと見えないじゃない!」と思いますよね。
ところがどっこい、犬の目には「タペタム層」という秘密兵器があります。暗闇でフラッシュを焚いて写真を撮ると、愛犬の目がキラッと光ることがありませんか?あれがタペタム層の仕業です。この特殊な層のおかげで、犬は人間の約5倍も暗いところで物が見えるんです[25,26]。
さて、そんな優れた夜間視力を持つはずの犬が、なぜ夜に姿勢を低くするのでしょう。2019年の冬、私が担当したビーグルのハチ君(仮名)の話をしましょう。
飼い主さんは「最近、夜になるとハチが床に這いつくばるように歩くんです」と心配そうでした。診察室では普通に歩いているハチ君。でも、飼い主さんが撮影した動画を見ると、確かに夜の廊下では腰を落として、まるで何かから身を隠すような歩き方をしていました。
よくよく聞いてみると、最近引っ越しをしたばかり。新しい家の廊下には、前の家にはなかった大きな鏡が設置されていたんです。夜、廊下の電気をつけずに歩かせると、鏡に映る自分の姿に驚いて身を低くしていたのです。
暗闇での不安サイン
- 耳を後ろに倒す
- しっぽを股の間に巻き込む
- 視線を下に向ける
- 体全体を低くする[21]
ハチ君のケースは環境の変化が原因でしたが、暗闇で姿勢を低くする理由は他にもあります。例えば、視力の低下。白内障などで視力が落ちている犬は、夜間の移動に不安を感じやすくなります[32]。
「祈りのポーズ」が示す痛みのサイン
ある夜、緊急で運ばれてきたゴールデンレトリバーのことは今でも忘れられません。前足を前に伸ばし、お尻を高く上げる独特な姿勢。まるで祈っているような格好から「祈りのポーズ」と呼ばれるこの姿勢は、実は激しい腹痛のサインなんです[43,52]。
飼い主さんは「夕方から急に変な歩き方を始めて…」と慌てていました。触診すると、お腹がパンパンに張っている。血液検査の結果、膵炎でした。祈りのポーズは、お腹の圧迫を和らげようとする犬なりの必死の対処法だったのです。
実のところ、痛みによる姿勢の変化は夜に限ったことではありません。でも、なぜか夜に目立つことが多いんです。それは、昼間は活動や刺激で痛みが紛れていても、夜の静寂の中では痛みをより強く感じやすいから[78]。人間でも、夜中に歯が痛み出すことってありますよね。それと同じです。
緊急!こんな姿勢は要注意
・前足を伸ばしてお尻を上げる「祈りのポーズ」
・触ろうとすると唸る、逃げる
・呼吸が荒く、よだれが多い
・同じ姿勢から動こうとしない
これらの症状が見られたら、夜間でも動物病院へ連絡を!
痛みによる姿勢の低下は、腹痛だけじゃありません。関節炎、椎間板ヘルニア、股関節形成不全…さまざまな原因が考えられます。特に高齢犬では、関節の痛みが夜間に悪化することがよくあります[47,49]。
痛みを見分ける観察ポイント
じゃあ、単なる不安と痛みをどう見分ければいいのか。15年間の経験から言えるのは、「動きの流れ」を見ることです。
不安による姿勢の低下は、周囲を警戒しながらも動き続けます。一方、痛みがある場合は、特定の動作(立ち上がる、方向転換するなど)で一瞬動きが止まったり、ためらったりすることが多いんです。
高齢犬に忍び寄る認知症の影
「先生、うちの子、夜中にグルグル回るんです」
2020年の春、14歳の柴犬を連れてきた飼い主さんの言葉です。話を聞くと、夜になると部屋の隅で同じところをグルグル回り、壁にぶつかってもそのまま歩き続けようとするとのこと。これは典型的な認知症の症状でした[55,58]。
犬の認知症は、13〜15歳頃から発症することが多く、特に日本犬に多いと言われています[53]。昼夜が逆転し、夜に活動的になるのも特徴の一つ。姿勢を低くして徘徊するのは、空間認識能力の低下により、自分がどこにいるのか分からなくなっているからかもしれません。
とはいえ、すべての夜間徘徊が認知症というわけではありません。ある時、「認知症かも」と連れてこられた12歳のマルチーズがいました。確かに夜中にウロウロしている。でも、よく観察すると、水を飲みに行こうとして迷っているだけでした。白内障で視力が落ち、夜間は特に見えづらくなっていたんです。水飲み場に小さなライトを設置したら、問題は解決しました。
認知症の初期サイン
- 昼間の睡眠時間が増える
- 夜間の徘徊(同じ場所をグルグル回る)
- 壁や家具にぶつかる
- 後ずさりができない[61]
- 飼い主を認識できないことがある
認知症への対処法
認知症は完治することはありませんが、進行を遅らせることは可能です。私がよくお勧めしていたのは、DHA・EPAのサプリメント。特に魚を食べる習慣がなかった日本犬には効果的でした[53]。
また、環境の工夫も大切です。夜間の徘徊で怪我をしないよう、部屋の角にクッションを置いたり、円形のサークルを使ったり。四角いサークルだと角にはまって出られなくなることがあるんです[55]。
分離不安が引き起こす夜の異変
コロナ禍で在宅勤務が増えた2021年、分離不安の相談が急増しました。昼間はずっと飼い主さんと一緒にいられるのに、夜寝室が別になると不安になる。そんなケースが本当に多かったんです。
分離不安の犬は、飼い主から離れることに強い不安を感じます[63,64]。夜、飼い主が寝室に行ってしまうと、姿勢を低くしてドアの前で待っていたり、廊下をウロウロしたりします。これは「なんとか飼い主のところに行きたい」という気持ちの表れなんです。
ある時、生後8ヶ月のトイプードルの相談を受けました。「夜になると廊下で伏せたまま動かなくなる」とのこと。詳しく聞くと、飼い主さんが寝室に入る瞬間から、その場で固まってしまうそうです。朝まで同じ場所で寝ているときもあったとか。
これは典型的な分離不安の症状でした。対策として、まず寝室のドアを少し開けておくことから始めました。次に、廊下に愛犬用のベッドを置き、そこで寝るトレーニング。徐々に寝室から離れた場所にベッドを移動させていきました。3ヶ月後には、リビングで一人で寝られるようになりました。
環境の変化が生む一時的な反応
実は、姿勢を低くする理由で意外と多いのが、環境の変化によるストレスです[5,69]。引っ越し、家族構成の変化、新しいペットの追加…。昼間は気にならなくても、夜の静寂の中では不安が増幅されやすいんです。
忘れられないのは、2018年の夏に診察した秋田犬のケース。「最近、夜だけビクビクして歩く」という相談でした。健康診断では異常なし。でも、確かに夜間は姿勢を低くして歩いている。
そこで、ちょっと変わった質問をしてみました。「最近、お家で何か変わったことはありませんでしたか?家具の配置とか…」すると飼い主さんが「あ!エアコンを新しくしました」と。
なるほど、と思いました。新しいエアコンの運転音が、夜の静かな時間帯には特に気になっていたんです。犬の聴覚は人間よりもずっと優れています。私たちには聞こえない高周波の音も聞こえるんです[69]。エアコンの設定を変更し、就寝時は静音モードにすることで問題は解決しました。
夜間の姿勢変化への対処法
さて、ここまで様々な原因を見てきましたが、実際に愛犬が夜に姿勢を低くして歩いているとき、飼い主さんはどう対処すればいいのでしょうか。
まずは観察と記録から
私がいつも飼い主さんにお願いしていたのは、「観察日記」をつけることです。いつから始まったか、どんな状況で起こるか、他に変わった様子はないか。できれば動画も撮影してもらいます。診察室では普通に歩いている子も多いので、動画は診断にとても役立ちます。
環境の見直し
次に、環境をチェックします。夜間の照明は適切か、新しい音や匂いはないか、室温は快適か。特に高齢犬は寒さに弱いので、冬場は要注意です。
夜間環境チェックリスト
- □ 常夜灯や足元灯の設置
- □ 滑りにくい床材(カーペットなど)
- □ 適切な室温(20〜25度)
- □ 静かな環境(騒音対策)
- □ 水飲み場への動線確保
段階的な対応
環境を整えても改善しない場合は、原因に応じた対応が必要です。不安が原因なら、安心できる環境作りを。痛みが疑われるなら、早めの受診を。認知症の可能性があるなら、獣医師と相談してサプリメントや薬物療法を検討します。
獣医師への相談のタイミング
「様子を見ていいのか、すぐに病院に行くべきか」これは飼い主さんが一番悩むところですよね。
私の経験から言えるのは、「迷ったら相談」です。特に以下のような場合は、早めの受診をお勧めします:
- 急に始まった(数日以内)
- 食欲がない、元気がない
- 触ると嫌がる、痛がる
- 他の症状(嘔吐、下痢、呼吸の異常など)がある
- 高齢犬(10歳以上)
夜間救急の判断に迷う場合は、まずはかかりつけ医に電話相談してみましょう。最近は夜間対応の動物病院も増えています[33-42]。
予防と日頃のケア
最後に、夜間の異常行動を予防するための日頃のケアについてお話しします。
規則正しい生活リズム
犬も人間と同じように、規則正しい生活リズムが大切です。特に高齢犬は、昼夜のメリハリをつけることで認知症の予防にもなります[57]。昼間はしっかり活動させ、夜は落ち着いて眠れる環境を整えましょう。
適度な運動と刺激
運動不足は様々な問題行動の原因になります。日中の散歩や遊びで適度に疲れさせることで、夜はぐっすり眠れるようになります。また、知的な刺激も大切。おもちゃやパズルフィーダーなどで脳を活性化させましょう。
定期的な健康チェック
年に1〜2回の健康診断は、病気の早期発見につながります。特に7歳を過ぎたら、血液検査や画像検査も含めた詳しい検査をお勧めします。
まとめ
犬が夜になると姿勢を低くして歩く理由は、本当に様々です。不安、痛み、認知症、分離不安、環境の変化…。どれも犬からの大切なサインです。
15年間の動物病院勤務で学んだのは、「犬は痛みや不安を隠すのが上手」ということ。野生の本能なのでしょうね。だからこそ、飼い主さんの観察眼が重要になります。
「なんか変だな」と思ったら、それは愛犬からのSOSかもしれません。その直感を大切にしてください。そして、一人で悩まず、獣医師に相談してください。
愛犬との夜の時間が、不安ではなく安らぎの時間になりますように。そんな願いを込めて、この記事を書きました。あなたの愛犬が、今夜も安心して眠れることを祈っています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 夜だけ姿勢を低くするのは病気ですか?
必ずしも病気とは限りません。環境の変化による一時的な不安や、加齢による視力の低下など、様々な原因が考えられます。ただし、急に始まった場合や他の症状を伴う場合は、早めに獣医師に相談することをお勧めします。
Q2. 痛みによる姿勢低下と不安による姿勢低下の見分け方は?
痛みがある場合は、特定の動作(立ち上がる、方向転換など)で動きが止まったり、触ると嫌がったりすることが多いです。不安の場合は、周囲を警戒しながらも動き続ける傾向があります。また、痛みの場合は昼夜問わず症状が見られることもあります。
Q3. 高齢犬の夜間徘徊は認知症の始まりですか?
夜間徘徊は認知症の症状の一つですが、それだけで認知症と断定はできません。視力の低下、痛み、不安など他の原因も考えられます。他に昼夜逆転、同じ場所をグルグル回る、飼い主を認識できないなどの症状があれば、認知症の可能性が高くなります。
Q4. 夜間の照明はつけっぱなしにした方がいいですか?
犬は人間の約5倍暗いところでも見えるため、真っ暗でも問題ありません。ただし、高齢犬や視力が低下している犬の場合は、小さな常夜灯があると安心です。明るすぎると睡眠の妨げになるので、足元を照らす程度の明るさで十分です。
Q5. 分離不安の犬を一人で寝かせる訓練方法は?
急に一人にするのではなく、段階的に慣らしていきます。最初は寝室のドアを開けておき、徐々に距離を離していきます。愛犬が落ち着いて寝られる場所(クレートやベッド)を用意し、そこで寝ることを褒めて強化します。焦らず、数週間から数ヶ月かけてゆっくり進めることが大切です。
飼い主の声
「うちのミニチュアダックス(12歳)も夜になると低い姿勢で歩くようになりました。最初は年齢のせいかと思っていましたが、獣医さんに相談したら椎間板の問題でした。痛み止めを処方してもらい、ベッドも低反発のものに変えたら、普通に歩けるようになりました。早めに相談して本当によかったです。」(東京都・Kさん)
「引っ越してから愛犬が夜だけビクビクするようになって心配でした。この記事を読んで環境の変化が原因かもと思い、以前使っていた毛布を新しい家にも置いてみました。すると少しずつ落ち着いてきて、今では普通に過ごしています。環境って大事なんですね。」(神奈川県・Tさん)
参考文献
- Schork, I. G. et al. (2022). The cyclic interaction between daytime behavior and the sleep behavior of laboratory dogs. Scientific Reports, 12, 478. DOI: 10.1038/s41598-021-04502-2
- Girault, C. et al. (2022). Dog behaviours in veterinary consultations: Part 1. Effect of the owner's presence or absence. Applied Animal Behaviour Science, 246, 105518. DOI: 10.1016/j.applanim.2021.105518
- Creevy, K. E. et al. (2022). Effects of Changing Veterinary Handling Techniques on Canine Behaviour and Physiology Part 1: Physiological Measurements. Animals, 12(8), 997. DOI: 10.3390/ani12080997
- Mills, D. S., & Demontigny-Bédard, I. (2020). Pain and Problem Behavior in Cats and Dogs. Animals, 10(2), 318. DOI: 10.3390/ani10020318
- Pongrácz, P., & Szapu, J. S. (2023). Nocturnal activity as a useful indicator of adaptability of dogs in an animal shelter and after subsequent adoption. Scientific Reports, 13, 19918. DOI: 10.1038/s41598-023-46438-9
- Overall, K. L. (2023). Dog Behavior: Understanding Crouching. In Clinical Behavioral Medicine for Small Animals (pp. 234-267). Elsevier.
- WSAVA Global Pain Council. (2024). Global Pain Guidelines for Dogs and Cats. World Small Animal Veterinary Association. URL: https://wsava.org/global-guidelines/global-pain-guidelines/
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