犬が夜中に水を飲みに起きる頻度が増えた場合、糖尿病、慢性腎臓病、クッシング症候群などの病気が隠れている可能性があります。
犬の正常な飲水量は体重1kgあたり1日50〜60mlが目安。100ml/kgを超える場合は「多飲」として獣医師への相談が推奨されます。高齢犬では認知機能障害による睡眠覚醒リズムの乱れも原因となります。
この記事でわかること
犬が夜中に水を飲む回数が増える主な原因は、糖尿病、慢性腎臓病、副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)、子宮蓄膿症、高齢犬の認知機能障害などです。体重1kgあたり100mlを超える飲水量は「多飲」の基準となり、早期の検査が重要となります。本記事では15年の動物病院勤務経験をもとに、見分け方から受診の目安まで解説します。
夜間の飲水増加が示す体の異変
2019年12月、横浜市の動物病院に勤務していた頃のことです。9歳のミニチュア・ダックスフントを連れた40代の女性が来院されました。「夜中に何度も起きて水を飲むようになった」という主訴でした。飼い主さんは「寒くなったから喉が渇くのかしら」と楽観的でしたが、血液検査の結果、血糖値が380mg/dLを示しました。正常値は75〜128mg/dL程度ですから、明らかな糖尿病だったのです。
犬の正常な飲水量は体重1kgあたり1日50〜60mlとされています。たとえば体重5kgの犬であれば、250〜300ml程度が適正範囲です[1]。ところがこの数値を大きく超え、100ml/kg以上になると獣医学的には「多飲」と定義されます。英国の獣医学専門誌『In Practice』に掲載された2019年の論文では、多飲多尿の犬における最も一般的な原因として、慢性腎臓病、糖尿病、副腎皮質機能亢進症の3つが挙げられています[2]。
ただし、ここで注意しておきたいことがあります。「多飲」といっても、その程度や原因はさまざまです。運動量の増加、気温の上昇、ドライフードへの切り替え、塩分の多いおやつの摂取など、生理的な要因で飲水量が増えることも珍しくありません。問題は、そうした明確な理由がないにもかかわらず、飲水量が持続的に増加している場合なのです。
犬の飲水量の目安(体重別)
| 体重 | 正常範囲(1日) | 要注意ライン |
|---|---|---|
| 3kg(チワワなど) | 150〜180ml | 300ml以上 |
| 5kg(トイプードルなど) | 250〜300ml | 500ml以上 |
| 10kg(柴犬など) | 500〜600ml | 1,000ml以上 |
| 25kg(ラブラドールなど) | 1,250〜1,500ml | 2,500ml以上 |
糖尿病という見えない敵
スウェーデンで実施された大規模疫学調査によると、18万頭以上の犬を対象とした研究で、糖尿病の発症率は1,000頭年あたり約1.3頭と報告されています[3]。決して稀な病気ではありません。特に7歳以上の中高齢犬、未避妊のメス犬、肥満傾向のある犬でリスクが高まります。
糖尿病の犬では、血液中のブドウ糖が細胞に取り込まれずにあふれ出し、尿と一緒に排出されます。このとき、糖が水を引き連れて出ていくため、大量の尿が作られます。体は脱水を補おうと、激しい喉の渇きを感じるようになるのです。「たくさん食べているのに痩せてきた」という症状が加わったら、糖尿病の可能性は一気に高まります。
2015年に英国で行われた一次診療施設での調査では、糖尿病と診断された犬の約0.34%が多飲多尿を示していました[4]。興味深いのは、ヨークシャー・テリアでリスクが高く、逆にジャーマン・シェパードやゴールデン・レトリーバーでは低かったという点です。犬種による差があるとはいえ、どの犬種でも発症の可能性はあります。
私が経験した誤判断
正直に告白します。2016年、神奈川県の病院に勤務していた時期に、私は一つの失敗をしました。10歳のシーズーが「水をよく飲む」と来院したのですが、その日は混雑しており、簡単な触診と問診だけで「夏場だし、様子を見ましょう」と伝えてしまったのです。
2週間後、その子は糖尿病性ケトアシドーシスという危険な状態で緊急搬送されました。幸い一命は取り留めましたが、あの時きちんと血液検査をしていれば、もっと早く治療を開始できたはずです。この経験から、多飲の訴えには必ず検査をすべきだと学びました。
静かに進行する腎臓病
慢性腎臓病(CKD)は高齢犬に多く見られる疾患です。英国で実施された大規模な研究によれば、CKDの有病率は犬全体で約0.5〜3%、入院犬では最大10%に達するとされています[5]。腎臓は一度損傷を受けると再生しないため、残された腎機能で体を維持しなければなりません。
腎臓の働きが低下すると、尿を濃縮する能力が落ちます。すると薄い尿が大量に出るようになり、失われた水分を補うために犬は頻繁に水を飲むようになります。厄介なことに、腎機能が75%ほど失われるまで明確な症状が出にくいとも言われています。
ミシガン州立大学の研究チームが行った症例対照研究では、CKDと診断された犬の飼い主の多くが、診断の半年以上前から異常な飲水量と排尿量の増加に気づいていたことが明らかになりました[6]。つまり、飼い主が「おかしい」と感じた時点で、すでに病気は進行していることが多いのです。
こんな症状があれば早めに受診を
多飲多尿に加えて、以下の症状が見られる場合は腎臓病の可能性があります。体重減少、食欲の低下、嘔吐、口臭の変化(アンモニア臭)、毛並みの悪化、元気がなくなる。とりわけ7歳以上のシニア犬では注意が必要です。
副腎の暴走が招くクッシング症候群
副腎皮質機能亢進症、通称クッシング症候群は、中高齢の犬に比較的よく見られる内分泌疾患です。イタリアで実施された疫学調査では、有病率は約0.2%と報告されており、特に未避妊のメス犬でリスクが高いことが示されています[7]。ビション・フリーゼ、ダックスフント、ミニチュア・シュナウザー、ミニチュア・プードルなどの犬種で発症しやすい傾向があります。
この病気では、副腎から分泌されるコルチゾールというホルモンが過剰になります。コルチゾールは抗利尿ホルモン(ADH)の働きを阻害するため、尿量が増加し、それを補うために飲水量も増えます。獣医学の専門書によれば、クッシング症候群の犬の82〜91%が多飲多尿を示すとされています[8]。
特徴的なのは、「ポットベリー」と呼ばれるお腹の膨らみです。腹部の筋肉が弱くなり、肝臓が腫大することで、太鼓腹のような外見になります。また、左右対称の脱毛、皮膚が薄くなる、傷が治りにくいといった皮膚症状もよく見られます。「太っていないのにお腹だけ出てきた」という訴えがあれば、クッシング症候群を疑う一つのきっかけになります。
メス犬特有の危険な病気
避妊手術をしていないメス犬が突然たくさん水を飲み始めたら、子宮蓄膿症を真っ先に疑う必要があります。これは子宮内に細菌感染が起こり、膿が溜まる病気で、発見が遅れると命に関わります。
2017年の春、千葉県の病院で私が担当した8歳のキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルのケースが忘れられません。「3日前から急に水をがぶ飲みするようになった」と来院されました。発情後1〜2ヶ月という時期、多飲多尿、軽度の発熱、そしてわずかな陰部からの分泌物。エコー検査で子宮内に液体貯留が確認され、緊急手術となりました。
子宮蓄膿症には「開放性」と「閉鎖性」の2タイプがあります。開放性では陰部から膿や血液混じりの分泌物が見られますが、閉鎖性では外からはわかりません。そのため、閉鎖性の方が発見が遅れやすく、敗血症に至るリスクが高いのです。避妊していない中高齢のメス犬で急な多飲が見られたら、可能な限り早く病院を受診してください。
高齢犬の夜間行動変化と認知機能障害
ここまで身体的な病気について述べてきましたが、高齢犬では脳の老化も考慮しなければなりません。犬の認知機能障害症候群(CDS)は、人間のアルツハイマー病に類似した疾患です。研究によると、11〜12歳の犬の約28%、15〜16歳の犬では68%がCDSに罹患しているとされています[9]。
CDSの犬では睡眠覚醒リズムが乱れることがあり、夜中に起き出して家の中をうろうろしたり、水を飲んだりする行動が見られます。必ずしも喉が渇いているわけではなく、認知機能の低下によって「何かしなければ」という衝動的な行動として現れることもあるのです。
CDSの診断には「DISHAA」という評価基準が使われます。Disorientation(見当識障害)、Interaction changes(社会的交流の変化)、Sleep-wake cycle changes(睡眠覚醒リズムの変化)、House soiling(不適切な排泄)、Activity changes(活動性の変化)、Anxiety(不安の増加)の頭文字を取ったものです。これらの症状が複数見られる場合、CDSの可能性を考える必要があります。
多飲多尿を引き起こす主な疾患の比較
| 疾患名 | 好発年齢 | 特徴的な併発症状 |
|---|---|---|
| 糖尿病 | 7歳以上 | 多食なのに痩せる、白内障 |
| 慢性腎臓病 | 7歳以上 | 食欲低下、嘔吐、口臭 |
| クッシング症候群 | 中高齢 | 太鼓腹、脱毛、皮膚変化 |
| 子宮蓄膿症 | 未避妊メス | 発熱、陰部分泌物、元気消失 |
| 認知機能障害 | 11歳以上 | 夜鳴き、徘徊、見当識障害 |
飼い主ができる観察と記録
「最近よく水を飲む気がする」という曖昧な感覚を、客観的なデータに変換することが重要です。計量カップを使って、毎朝決まった量の水を器に入れ、24時間後にどれだけ減ったかを測定してみてください。3日間続けて平均値を出すと、より正確な数値が得られます。
多頭飼いの場合は測定が難しくなりますが、給水器を一時的に分けるか、特定の時間帯だけ観察対象の犬だけを隔離するなどの工夫が必要です。また、尿の回数や量も可能な範囲で記録しておくと、獣医師への説明がスムーズになります。
私が実際に飼い主さんに渡していた記録シートには、以下の項目を含めていました。飲水量、排尿回数、排尿量(多い・普通・少ない)、食事量、元気の程度、気になる症状。たった1週間の記録でも、診断の大きな手がかりになることがあります。
受診前に準備しておきたいこと
病院に行く前に、以下の情報をまとめておくと診察がスムーズです。症状が始まった時期、1日の飲水量の概算、食事の種類と量、最近与えたおやつや人間の食べ物、服用中の薬やサプリメント、避妊・去勢手術の有無、最後の発情時期(メス犬の場合)。
検査で何がわかるのか
動物病院では、多飲多尿の原因を探るためにいくつかの検査を行います。まず基本となるのは血液検査と尿検査です。血液検査では血糖値、腎臓の数値(BUN、クレアチニン、SDMA)、肝臓の数値、電解質バランスなどを確認します。尿検査では尿比重(尿の濃さ)、糖やタンパクの有無、細菌感染の有無などを調べます。
尿比重は特に重要な指標です。正常な犬の尿比重は1.015〜1.045程度ですが、多飲多尿の犬では1.012以下の低比重尿を示すことがあります。この数値だけで原因が特定できるわけではありませんが、腎臓の濃縮能力を評価する重要な手がかりになります。
クッシング症候群が疑われる場合は、ACTH刺激試験や低用量デキサメタゾン抑制試験といった特殊な内分泌検査が必要になります。また、超音波検査で腎臓や副腎、子宮の状態を直接観察することもあります。「たくさん水を飲む」という一つの症状から、これだけ多くの検査が必要になることを、ぜひ知っておいてください。
よくある質問
Q1. 犬が1日に飲む水の量はどれくらいが正常ですか?
一般的に、体重1kgあたり50〜60mlが目安とされています。体重5kgの犬なら250〜300ml、10kgの犬なら500〜600ml程度です。ただし、気温や運動量、食事内容によって変動します。ドライフードを食べている犬は、ウェットフードを食べている犬よりも水を多く飲む傾向があります。100ml/kgを超える場合は「多飲」の可能性があるため、獣医師に相談することをお勧めします。
Q2. 夜中にだけ水を飲む回数が増えた場合も病気の可能性はありますか?
可能性はあります。多飲多尿を引き起こす疾患では、昼夜を問わず飲水量が増加することが多いですが、高齢犬の認知機能障害では睡眠覚醒リズムの乱れにより、夜間の活動が増えることがあります。また、日中は他のことに気を取られていた犬が、夜になって落ち着いた環境で喉の渇きを自覚するケースもあります。いずれにしても、明らかな変化が見られたら記録をつけて受診することをお勧めします。
Q3. 多飲多尿がある場合、どのような検査を受けることになりますか?
まず血液検査と尿検査が基本です。血液検査では血糖値、腎機能、肝機能、電解質などを調べます。尿検査では尿比重、糖、タンパク、細菌感染の有無などを確認します。これらの結果によっては、超音波検査、内分泌検査(ACTH刺激試験など)、さらに詳しい画像検査が追加されることもあります。費用は病院によって異なりますが、基本的な検査で1〜2万円程度が目安です。
Q4. 高齢犬が夜中に水を飲みに起きるのは老化の一種ですか?
単純に「老化だから仕方ない」と片付けるのは危険です。確かに加齢に伴い腎機能が低下したり、認知機能に変化が生じたりすることはありますが、それらは治療やケアによって進行を遅らせたり、症状を和らげたりできる場合があります。また、糖尿病やクッシング症候群、腎臓病といった治療可能な疾患が隠れている可能性もあります。「年だから」と決めつけず、一度は検査を受けることをお勧めします。
Q5. 水を飲む量を制限した方がいいですか?
自己判断での水の制限は危険です。多飲多尿の犬は体が水を必要としている状態であることが多く、水を制限すると脱水症状を起こす恐れがあります。特に腎臓病の犬では、十分な水分摂取が腎臓への負担軽減に重要です。まずは獣医師に相談し、原因を特定してから適切な対応を取ってください。治療によって原因が改善されれば、飲水量も自然と落ち着いてくることが多いです。
飼い主の声
「10歳のトイプードルが夜中に3回も水を飲みに起きるようになり、最初は暖房のせいかと思っていました。でも2週間経っても変わらないので病院へ行ったところ、初期の糖尿病と診断されました。早めに見つかったおかげで、食事療法とインスリン治療で安定しています。あの時、『様子見』にしなくて本当に良かったです。」(東京都・52歳女性・2023年11月)
「13歳の柴犬の夜間の飲水が増え、同時に夜鳴きや徘徊も始まりました。認知機能障害と診断され、サプリメントと生活環境の工夫で少しずつ落ち着いてきました。最初は『もう老犬だから仕方ない』と諦めかけていましたが、適切な診断を受けてケアを始めたことで、穏やかな日々を過ごせています。」(大阪府・48歳男性・2024年3月)
愛犬の小さな変化を見逃さないために
15年間の動物病院勤務を通じて、私は数え切れないほどの「あのとき気づいていれば」という後悔を目にしてきました。夜中に水を飲む回数が増えたという一見些細な変化が、実は体からの重要なサインであることは少なくありません。
もちろん、すべての多飲が病気というわけではありません。けれども「いつもと違う」という飼い主の直感は、往々にして正しいものです。愛犬の変化に気づいたら、まずは1週間ほど飲水量を記録してみてください。そのデータを持って獣医師に相談すれば、必要な検査を効率的に進められます。
病気は早期発見・早期治療が原則です。糖尿病も腎臓病もクッシング症候群も、適切な治療を受ければQOL(生活の質)を維持しながら長く過ごせる可能性があります。愛犬との時間を少しでも長く、穏やかに過ごすために、小さな変化のサインを大切にしてください。
参考文献
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- Fall T, Hamlin HH, Hedhammar A, Kämpe O, Egenvall A. Diabetes mellitus in a population of 180,000 insured dogs: incidence, survival, and breed distribution. J Vet Intern Med. 2007;21(6):1209-16. doi: 10.1892/07-021.1
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- Bartlett PC, Van Buren JW, Bartlett AD, Zhou C. Case-control study of risk factors associated with feline and canine chronic kidney disease. Vet Med Int. 2010;2010:957570. doi: 10.4061/2010/957570
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