結論:犬が寝ている時に舌を出すのは、多くの場合深い眠りによる筋肉の弛緩が原因であり心配不要です。
注意が必要な場合:起きている時も常に舌が出る、舌の色や形状の変化、食事困難がある場合は獣医師に相談してください。
主な原因:レム睡眠中の筋弛緩、短頭種の口腔構造、歯の喪失、体温調節、神経学的問題など。
夜中にふと愛犬を見ると、ぺろっと舌を出したまま眠っている姿。あまりの可愛さに写真を撮りたくなる一方で、「これって大丈夫なのかな」と不安になることはありませんか。2018年の夏、横浜市内の動物病院で勤務していた私は、まさにこの質問を一週間に3件立て続けに受けたことがあります。結論から申し上げると、大半は心配いりません。ただし、いくつかの兆候が重なった場合は早めの対応が必要になります。
なぜ眠っている犬は舌を出すのか
深い眠りがもたらす筋肉の解放
犬が深い睡眠、特にレム睡眠に入ると、顎や舌を支える筋肉が一気に緩みます。人間でも同じ現象は起きていて、口を開けて寝る人がいるように、犬も同様のメカニズムで舌がするりと外に出てくるのです。2021年に発表された睡眠障害に関するレビュー論文では、犬のレム睡眠中に全身の筋肉が弛緩し、夢を見ている間は自発的な動きが抑制されることが報告されています[1]。この筋弛緩が舌の突出につながるわけですね。
実際、2015年の札幌市内での話ですが、ゴールデンレトリバーを飼っていた飼い主さんが「愛犬が毎晩舌を出して寝る」と心配されて来院されました。しかし日中の様子を伺うと、散歩も食事も問題なく、活発そのもの。結局、よく眠れている証拠だとお伝えして安心していただきました。
体温調節という隠れた役割
犬は人間のように全身で汗をかくことができません。汗腺は主に肉球にしか存在しないため、体温を下げる手段としてパンティング(開口呼吸)に頼っています[2]。1976年に発表された古典的な研究によれば、犬の舌には豊富な血流があり、環境温度が上がるとその血流量は安静時の約5.5倍にも増加することが示されています。気温20度で相対湿度30%の環境下では舌への血流量は約11ml/分ですが、気温38度に上昇すると平均60ml/分以上にまで跳ね上がったそうです[2]。
とはいえ、睡眠中のわずかな舌の突出はパンティングとは異なります。口を大きく開けて荒い呼吸をしているわけではなく、舌先がちょこんと見えている程度であれば、体温が少し高めの時に自然と起きる微調整と考えてよいでしょう。夏場にエアコンの効いていない部屋で寝かせていると、この現象は顕著になります。2019年の神戸での出来事ですが、8月にパグの子が舌を出したまま寝ていて飼い主さんが慌てて連絡してきたことがありました。室温を確認したら28度。エアコンをつけて適温にしたら、舌は自然と引っ込んでいったとのことでした。
犬が睡眠中に舌を出す主な原因
| 原因 | 特徴 | 対処の必要性 |
|---|---|---|
| 深い睡眠による筋弛緩 | 起きると舌が戻る、他に症状なし | 基本的に不要 |
| 体温調節 | 暑い環境で顕著、涼しくすると改善 | 環境調整のみ |
| 短頭種の構造 | パグ・ブルドッグ等で常時見られる | いびき等あれば受診 |
| 歯の喪失・歯周病 | 高齢犬に多い、口臭を伴うことも | 歯科検診推奨 |
| 神経学的問題 | 舌の萎縮や偏り、嚥下困難 | 早急な受診が必要 |
短頭種と舌の関係を理解する
頭蓋骨は短くなっても舌は縮まない
パグ、フレンチブルドッグ、ブルドッグ、シーズーといった短頭種は、人為的な選択交配によって頭蓋骨が極端に短縮されてきました。ところが、口腔内の軟組織、つまり舌や軟口蓋などはそれに追随して小さくなったわけではありません。2019年にVeterinary Surgeryに掲載された研究では、短頭種の犬は中頭種と比較して相対的に舌が大きい「相対的巨舌症」の状態にあることが確認されています[3]。
この構造上のミスマッチが、舌の突出を引き起こしやすくしているのです。2022年にVeterinary Quarterlyに発表された総説では、短頭種の口腔内には「詰め込まれた」状態で軟組織が存在し、気道を部分的に塞いでいることが解説されています[4]。だから短頭種の飼い主さんが「うちの子、いつも舌が出てるんです」とおっしゃるのは、ある意味当然のことなのです。
睡眠時無呼吸との関連性
ここで見過ごせないのが、短頭種に多い睡眠時の呼吸障害です。2024年にJournal of Veterinary Internal Medicineに発表された研究によると、短頭種は中頭種と比較して睡眠中の閉塞性呼吸イベント指数が有意に高く、その比は5.6倍にも達しました[5]。また、体重過多は独立したリスク因子であり、肥満の犬では3.5倍のリスク増加が認められています[5]。
短頭種気道症候群(BOAS)を持つ犬の多くは、仰向けで寝ることを好む傾向があります。この姿勢だと軟口蓋が喉頭から離れ、呼吸が楽になるためです。2023年に発表された別の研究では、閉塞性呼吸イベント指数が高い犬の飼い主は、愛犬が「落ち着かない睡眠」「座ったまま寝る」「おもちゃを口にくわえて寝る」といった行動を報告する割合が高かったと述べられています[6]。舌を出して寝ること自体は直接の指標ではありませんが、こうした行動と併せて観察することが大切です。
短頭種の飼い主さんへ:こんな症状があれば受診を
睡眠中のいびきが非常に大きい、呼吸が止まる瞬間がある、起きても常に息苦しそう、運動後に青紫色の舌になる——これらの症状が見られたら、短頭種気道症候群の可能性があります。早めに獣医師へご相談ください。外科的な処置で大幅に改善するケースも多いです。
歯の健康と舌の位置の意外な関係
歯を失うと舌は行き場をなくす
2020年にFrontiers in Veterinary Scienceに発表されたスウェーデンの大規模調査によれば、3歳以上の犬の80〜89%が何らかの歯周病に罹患しているとされています[7]。歯周病が進行すると歯が抜け落ち、特に下顎の犬歯を失った場合、舌を口腔内に保持するための「壁」がなくなります。
2017年頃、名古屋市の病院で担当した12歳のチワワは、まさにこのパターンでした。数年前から歯石がひどかったのですが、飼い主さんが麻酔を怖がって歯科処置を先延ばしにしていた結果、下の前歯と犬歯を合計6本失っていました。舌がぺろっと出たまま戻らなくなったのは、まさに構造的なサポートを失ったからです。その後の処置と残った歯のケアで、それ以上の悪化は防げましたが、失われた歯は戻りません。
小型犬、特にチワワやヨークシャーテリアは歯周病の好発犬種です。口が小さい割に歯が密集しているため、歯垢が溜まりやすいのです。高齢になって突然舌を出すようになった場合、まず口腔内をチェックしてみてください。
不正咬合と舌の関係
生まれつき下顎が上顎より前に出ている「アンダーショット」や、逆に引っ込んでいる「オーバーショット」といった不正咬合も、舌の位置に影響を与えます。2019年にCanadian Veterinary Journalに掲載された論文では、下顎短小症(クラス2不正咬合)の犬では下顎犬歯が上顎の粘膜に接触し、口腔内に外傷を生じさせることがあると報告されています[8]。このような構造的な問題があると、舌も正常な位置に収まりにくくなります。
神経学的な問題を見逃さないために
舌下神経と舌の動き
稀なケースですが、舌の動きを司る第12脳神経(舌下神経)に問題があると、舌を正常に引っ込めることができなくなります。2016年にCanadian Veterinary Medical Association Journalに発表された症例報告では、舌骨の骨折により舌下神経が損傷し、舌の片側性偏位と萎縮が生じた犬が報告されています[9]。
舌下神経の障害で見られる症状には、舌の萎縮、舌を伸ばした時の一方への偏り、食べ物をうまく捉えられない、嚥下困難などがあります。両側性の障害では、舌を口腔内に戻すこと自体ができなくなります。2022年には、アラスカンマラミュートの遺伝性多発神経障害で舌の萎縮が見られた症例も報告されており、舌の表面にしわや溝が形成されるという特徴的な所見が記載されています[10]。
2014年の冬、福岡県の病院で見た8歳のマルチーズは、突然舌が左に偏るようになり、ごはんを食べにくそうにしていました。MRIの結果、舌下神経管付近に腫瘤が見つかり、神経鞘腫と診断されました。睡眠中だけでなく起きている時も舌が出ていたこと、そして食事困難という明らかな機能障害があったことが、早期発見につながった例です。
こんな舌の様子は要注意
舌が片側に偏って出る、舌の片側だけが痩せている、舌の色が青紫や白っぽい、舌を出し入れする動作がぎこちない、よだれが異常に多い——これらの兆候があれば、神経学的な問題や循環器系の問題が隠れている可能性があります。速やかに動物病院を受診してください。
舌を出して寝る犬へのケア方法
日常でできる観察ポイント
愛犬が舌を出して寝ているのを発見したら、まず「起きた時に舌が戻るかどうか」を確認してください。目を覚まして活動を始めた時に自然と引っ込むなら、大抵は心配いりません。ただ、毎日の観察で以下の点をチェックする習慣をつけるとよいでしょう。
舌の色は健康なピンク色を維持しているか。乾燥やひび割れはないか。口臭は強くなっていないか。食事や飲水に支障はないか。これらを週に一度でも意識して見てみると、変化に気づきやすくなります。2020年の春、大阪で担当した9歳のシーズーは、飼い主さんが「最近舌の先が少し乾いている気がする」と気づいたことがきっかけで来院されました。確認すると軽度の歯肉炎があり、早期に対処できたケースです。
環境と水分補給の工夫
舌が常に露出している犬では、舌の乾燥対策が重要です。部屋の湿度が低すぎると舌のひび割れを招きやすくなります。特に冬場のエアコン使用時には、加湿器を併用するか、濡れタオルを部屋に干すなどの工夫をしてみてください。新鮮な水はいつでも飲めるようにしておきましょう。
極端な気温変化にも注意が必要です。露出した舌は、夏場には日焼け、冬場には凍傷のリスクがあります。屋外で長時間過ごす際には、直射日光や氷点下の環境から守る配慮が求められます。
よくある質問
犬が寝ている時に舌を出すのは病気のサインですか?
多くの場合、深いリラックス状態で筋肉が緩んだ結果であり、病気ではありません。レム睡眠中は全身の筋肉が弛緩するため、顎や舌を支える力も弱まり、舌が自然と外に出てきます。ただし、起きている時も常に舌が出ている、舌の色が変わった、食事や飲水に支障がある場合は獣医師への相談をお勧めします。
パグやフレンチブルドッグが舌を出して寝るのは普通ですか?
短頭種は頭蓋骨が短縮している一方で舌の大きさは変わらないため、口腔内に収まりきらず舌が出やすい構造を持っています。「相対的巨舌症」と呼ばれるこの状態は、これらの犬種では比較的よく見られる現象です。ただし、激しいいびき、睡眠中の呼吸停止、日中の過度な眠気を伴う場合は、短頭種気道症候群の可能性があり、獣医師への相談が必要です。
高齢犬が急に舌を出すようになったのですが心配ですか?
高齢犬では歯周病による歯の喪失が多く、特に下顎の犬歯が抜けると舌を支える構造がなくなり突出しやすくなります。研究によると、3歳以上の犬の80〜89%が何らかの歯周病に罹患しているとされています。急に舌を出すようになった場合は、まず口腔内の状態を確認し、定期的な歯科検診を受けることをお勧めします。
舌を出したまま寝ていると舌が乾燥しませんか?
長時間露出していると乾燥やひび割れのリスクがあります。特に冬場の暖房使用時や湿度の低い環境では注意が必要です。常に新鮮な水を用意し、乾燥がひどい場合は獣医師推奨の保湿剤を塗布することで対処できます。加湿器の使用も効果的です。
舌を出して寝る犬に特別なケアは必要ですか?
一時的な舌出しであれば特別なケアは不要です。深い睡眠による筋弛緩が原因の場合は正常な現象です。常に舌が出ている状態(いわゆる「ハンギングタングシンドローム」)の場合は、十分な水分補給の確保、極端な暑さや寒さからの保護、舌の状態の定期的なチェックが推奨されます。舌の色や質感の変化、口臭の悪化などが見られたら獣医師に相談してください。
飼い主さんの声
「7歳になるフレンチブルドッグを飼っています。子犬の頃からずっと舌を出して寝る子で、最初は心配しましたが、かかりつけの先生に相談したところ『この犬種ではよくあること』と言われて安心しました。ただ、3歳の時に軟口蓋過長の手術を受けてからは、いびきがだいぶ静かになり、睡眠の質も良くなったように感じます。舌を出して寝ること自体は変わりませんが、呼吸が楽そうなのが何よりです」(神奈川県・Tさん・40代女性)
「うちのシニアのチワワ(14歳)は、10歳を過ぎた頃から舌を出して寝るようになりました。歯周病で何本か歯を失った後からです。最初は『老化かな』と思っていましたが、獣医さんに相談したら残りの歯のケアが大事だと教えていただきました。今は毎日歯磨きを頑張っています。舌の乾燥対策として、寝室に加湿器を置くようにしてから、舌のひび割れも減りました」(埼玉県・Mさん・50代男性)
まとめ:愛犬の「べろ出し寝顔」との向き合い方
愛犬が舌を出して眠る姿は、多くの場合、深くリラックスしている証拠です。レム睡眠中の筋弛緩という自然な生理現象であり、目覚めた時に舌が戻るなら心配は要りません。短頭種では構造的に舌が収まりきらないことが多く、高齢犬では歯の喪失が影響していることもあります。
とはいえ、起きている時も常に舌が出ている、舌の色や形に変化がある、食事や飲水が困難——こうした兆候が見られたら、それは体からのサインかもしれません。15年間の動物病院勤務で学んだのは、「いつもと違う」という飼い主さんの直感は、往々にして正しいということでした。気になることがあれば、躊躇せず獣医師に相談してください。
愛犬との暮らしには、小さな「なぜ?」がたくさんあります。その一つ一つに目を向け、理解を深めていくことが、より良いケアにつながっていきます。今夜、愛犬が舌を出して眠っていたら、「よく眠れているんだね」と微笑んであげてください。そして時々、舌の状態をそっとチェックすることも忘れずに。
参考文献
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