犬の耳毛カットの結論:健康な耳であれば「抜く」より「切る」が現代の主流です。獣医皮膚科学会では、耳毛を抜くことで微細な傷ができ、細菌感染のリスクが高まる可能性を指摘しています。自宅でカットする場合は先の丸いハサミを使い、耳の入口付近の見える範囲だけを処理してください。
「うちの子、耳の中がボーボーで…」。2018年の冬、横浜市内の動物病院で私が初めて耳毛処理を任されたとき、プードルのココちゃんは文字どおりモコモコの耳をしていました。当時は「しっかり抜いてあげないと外耳炎になる」と教わったものです。ところが数年後、獣医皮膚科の世界で常識が覆り始めました。
「抜く」から「切る」へ変わった耳毛ケアの潮流
かつてトリミングの現場では、カンシ(鉗子)でガッチリ耳毛をつかみ、ブチブチと引き抜くのが当たり前でした。滑り止めのイヤーパウダーをふりかけて、一気に数十本。犬はキャンと鳴き、私たちアシスタントは「これも健康のため」と自分に言い聞かせていたのを覚えています。
ところが2010年代後半あたりから、獣医皮膚科専門医のあいだで「健康な耳の毛を抜く必要はない」という見解が広まり始めました。MSDマニュアル獣医版には「健康な耳道の毛を問題がないのに抜くと、急性の炎症反応を起こす可能性がある」と明記されています[1]。イギリスの大規模疫学調査では、プードルの外耳炎有病率が17.71%と高く、その要因のひとつに「繰り返し行われる耳毛抜き」が挙げられました[2]。
では、なぜ抜くと問題が起きるのでしょう。毛を引き抜く行為は、毛穴周辺の皮膚に微細な損傷を与えます。これがいわゆる「マイクロトラウマ」。損傷部位に細菌やマラセチア(酵母菌)が侵入しやすくなり、結果として外耳炎を誘発してしまうというわけです。
耳毛処理の方法比較
| 方法 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| カンシで抜く | 根元から処理でき見た目がすっきり | 痛みを伴う、皮膚損傷リスク、炎症誘発の可能性 |
| ハサミでカット | 痛みが少ない、皮膚を傷つけにくい | 毛が残る、高度な技術が必要 |
| バリカンでトリミング | 素早い、広範囲を処理可能 | 耳内部には不向き、振動が苦手な子もいる |
耳毛が多い犬種と外耳炎リスクの関係
2016年にイギリスで行われたVetCompass調査によると、犬全体の外耳炎有病率は約7.3%でした[2]。ところが犬種別に見ると数字が大きく変動します。バセット・ハウンドは28.81%、シャーペイは17.76%、ラブラドゥードルは17.71%、ビーグルは14.72%。一方でジャック・ラッセル・テリアは3.53%、チワワは1.26%と低めです。
耳毛の量だけが原因ではありません。垂れ耳による通気性の悪さ、アレルギー体質、耳道の狭さなど複合的な要因が絡み合っています。プードルは耳毛が密集しているうえに垂れ耳で、もともと水鳥猟に使われていた歴史から耳への撥水機能として毛が発達したとされています。現代のペット環境ではその機能が必要なくなったにもかかわらず、耳毛だけが残っている状態です。
私が2015年に担当したミニチュア・シュナウザーのタロウくん(当時4歳)の話をしましょう。飼い主さんは「トリマーさんに毎回しっかり抜いてもらっている」とおっしゃっていましたが、実は2〜3か月おきに外耳炎を繰り返していました。獣医師の提案で耳毛をカットに切り替えたところ、半年後には外耳炎の頻度がぐっと減ったのです。もちろん個体差はありますが、印象深い症例でした。
自宅でできる安全な耳毛カットの手順
さて実践編に移りましょう。自宅での耳毛カットは可能ですが、絶対に1人では行わないでください。犬が急に首を振ったり動いたりしたとき、ハサミで耳を傷つけるリスクがあります。必ず2人以上で役割分担してください。
準備するもの
まずは道具です。家庭にある普通の文房具ハサミは絶対にNGです。先が尖っていて切れ味も安定しません。おすすめは以下の3つのうちいずれか。
ひとつめは人間用の眉毛カット用ハサミ。先端が丸く、刃も短いため犬の耳にも使いやすいです。ふたつめは犬用耳毛カット専用シザー。刃先が丸く、ギザ刃加工で毛を逃しにくい設計になっています。みっつめはカーブシザー。耳の曲線に沿ってカットしやすく、上級者向けですが慣れると便利です。
カットの手順
ステップ1:犬をテーブルの上など安定した場所に乗せ、片方の人が体と頭をしっかりホールドします。立ち耳の犬は耳の付け根を軽くつまみ、垂れ耳の犬は耳介を軽く持ち上げて耳道入口を見やすくします。
ステップ2:まず耳の入口付近にある毛だけを確認。奥まで見えなくても構いません。無理に耳道の深部を覗き込もうとしないでください。
ステップ3:ハサミの刃先を皮膚と平行に保ち、毛の先端から少しずつカット。一度にたくさん切ろうとせず、数ミリずつ様子を見ながら進めます。耳の奥に刃を入れてはいけません。
ステップ4:反対側の耳も同様に処理。終わったら「よくがんばったね」と声をかけて、おやつをあげましょう。ポジティブな経験として記憶させることが次回以降のケアをスムーズにします。
こんなときは自宅ケアを中止してください
耳の中が赤く腫れている、異臭がする、黒や黄色の耳垢が大量に出ている、犬が耳を触ると激しく嫌がる。これらの症状があるときは外耳炎の可能性が高いです。無理にカットせず、すぐに動物病院を受診してください。
トリミングサロンや動物病院に任せるべきケース
私が動物病院で働いていた2012年から2023年のあいだに、「自宅で耳掃除をしていたら出血した」という飼い主さんを何度も見ました。多くは綿棒を耳の奥まで入れてしまったケースでしたが、耳毛カット中の事故も数件ありました。
どんな場合にプロに任せるべきか。まず慢性外耳炎の既往がある子は獣医師の判断が必要です。炎症がある状態で素人がカットすると悪化させる恐れがあります。次に極端に嫌がる子。保定が難しいと怪我のリスクが跳ね上がります。そして耳道が狭い短頭種(パグ、フレンチ・ブルドッグなど)も要注意。構造的に処理が難しいため、獣医師やトリマーに任せるほうが安心です。
トリミングサロンに依頼する際は、「耳毛は抜かずにカットでお願いします」と一言伝えましょう。昔ながらの手法で自動的に抜いてしまうサロンもあるからです。事前のコミュニケーションがトラブルを防ぎます。
耳毛ケアと合わせて行いたい日常チェック
週に1回、愛犬の耳をめくって中をのぞく習慣をつけてください。健康な耳はピンク色で、強い臭いはしません。軽く触っても嫌がらないはずです。
チェックポイントは4つ。色(赤みがないか)、臭い(発酵臭や腐敗臭がないか)、分泌物(黒や茶色のベタベタした耳垢が大量にないか)、反応(触ると痛がらないか)。異常があれば早めに病院へ。外耳炎は放置すると中耳炎、さらに内耳炎へ進行し、平衡感覚の異常や難聴を引き起こすこともあります[3]。
また、シャンプー後や水遊びのあとは耳の中に水が入りやすくなります。柔らかいコットンで入口付近の水気を軽く拭き取りましょう。ただし奥まで綿棒を突っ込むのは厳禁です。耳垢を押し込んでしまったり、皮膚を傷つけたりする原因になります。
イヌラバ博士の失敗談
2016年、名古屋市内の動物病院勤務時代のこと。私は「耳毛を完璧に抜けば外耳炎は防げる」と信じ込み、シー・ズーのモモちゃんの耳毛を徹底的に処理しました。結果、3日後に飼い主さんから「耳が真っ赤に腫れた」と連絡が。獣医師から「抜きすぎだよ」と諭され、ようやく自分の思い込みに気づいたのです。あの経験がなければ、今も古い常識を疑わず続けていたかもしれません。
耳毛カットの頻度と季節ごとの注意点
一般的な目安は月1回のトリミング時に合わせて処理すれば十分です。ただし梅雨時期(6月〜7月)や夏場は湿度が高く、耳道内も蒸れやすくなります。この時期は2週間に1度くらいの頻度で耳の状態を確認し、必要であれば軽くカットしてあげるとよいでしょう。
冬場は暖房による室内の乾燥で耳の皮膚がカサつきやすくなります。過度な処理は皮膚のバリア機能を低下させるため、やりすぎには注意してください。
犬種によっても伸びる速度は異なります。トイ・プードルは1か月で相当伸びますが、ミニチュア・ダックスフンドはそれほど早くありません。あなたの愛犬の耳毛がどれくらいのペースで伸びるか、観察して把握しておくと計画が立てやすくなります。
よくある質問
Q. 犬の耳毛は抜くのとカットするのどちらがいいですか?
健康な耳であればカットが推奨されます。獣医皮膚科の最新見解では、抜くことで微細な傷ができ、かえって感染リスクが高まる可能性が指摘されています。ただし慢性的な外耳炎がある場合は、獣医師の判断で抜く処置が必要なケースもあります[1]。
Q. 自宅で犬の耳毛をカットしても大丈夫ですか?
可能ですが、必ず2人以上で行い、先の丸い眉毛用ハサミか専用の耳毛切りシザーを使用してください。耳の奥までは切らず、入口付近の見える範囲にとどめることが重要です。犬が暴れる場合は無理せずプロに任せましょう。
Q. 耳毛が多い犬種はどれですか?
プードル、シュナウザー、マルチーズ、シー・ズー、ビション・フリーゼ、ヨークシャー・テリアなどが代表的です。これらの犬種はもともと水鳥猟などで水中に入ることが多く、耳への水の侵入を防ぐために耳毛が発達したと考えられています。
Q. 耳毛を放置するとどうなりますか?
耳道内の通気が悪くなり、湿気がこもりやすくなります。その結果、細菌やマラセチア(酵母菌)が繁殖しやすい環境となり、外耳炎のリスクが高まります。ただし、耳毛があるから必ず外耳炎になるわけではありません[2]。
Q. 耳毛カットの頻度はどれくらいがいいですか?
一般的には月1回程度のトリミング時に合わせて行うのが目安です。ただし、耳毛の伸びる速さには個体差があるため、週に1度は耳の入口をチェックし、毛が伸びて詰まりそうなら処理するようにしましょう。
飼い主の声
「うちのトイプー(6歳)は昔から耳毛を抜いてもらっていましたが、毎回キャンキャン鳴いてかわいそうでした。獣医さんに相談してカットに変えてからは嫌がらなくなり、外耳炎も減りました。もっと早く知りたかったです」(東京都・30代女性)
「自分でカットするのは怖かったのですが、眉毛用ハサミで入口だけ整えるようにしたら意外と簡単でした。夫に頭を押さえてもらいながらやっています。月1回のサロン代が浮いて助かっています」(大阪府・40代女性)
まとめ:愛犬の耳を守るために知っておきたいこと
犬の耳毛ケアは「抜く」から「切る」へと変わりつつあります。健康な耳であれば、無理に毛を引き抜く必要はありません。自宅でカットする場合は安全な道具を選び、耳の入口付近だけを処理してください。
とはいえ、すべての犬に同じ方法が当てはまるわけではありません。慢性外耳炎の子や耳道が狭い犬種は、獣医師やトリマーの判断を仰ぐべきです。大切なのは愛犬の耳の状態を日頃から観察し、異常があれば早めに対処すること。
私が15年間の現場で学んだのは、「昔からの常識が必ずしも正しいとは限らない」ということでした。あなたの愛犬に合ったケア方法を見つけて、健やかな耳を守ってあげてください。
参考文献
- MSD Veterinary Manual. "Otitis Externa in Animals." https://www.msdvetmanual.com/ear-disorders/otitis-externa/otitis-externa-in-animals
- O'Neill DG, Volk AV, Soares T, et al. Frequency and predisposing factors for canine otitis externa in the UK – a primary veterinary care epidemiological view. Canine Med Genet. 2021;8(1):7. doi: 10.1186/s40575-021-00106-1. PMID: 34488894
- Bajwa J. Canine otitis externa – Treatment and complications. Can Vet J. 2019;60(1):97-99. PMID: 30651659; PMCID: PMC6294027
- Pye C. Pseudomonas otitis externa in dogs. Can Vet J. 2018;59(11):1231-1234. PMID: 30410175; PMCID: PMC6190182
- Saridomichelakis MN, Farmaki R, Leontides LS, Koutinas AF. Aetiology of canine otitis externa: a retrospective study of 100 cases. Vet Dermatol. 2007;18(5):341-347. doi: 10.1111/j.1365-3164.2007.00619.x. PMID: 17845622
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